ブラームス 『秘め事』

カール・カンディドゥスという牧師兼詩人による詩にブラームスが曲を付けた『秘め事』 “Geheimnis” は、ブラームスの歌曲の中で内容的にも音の扱いに於いても、最も繊細な表現を持った曲で、僕の大好きな曲です。
また学生の頃、イタリア・オペラが専攻でドイツ歌曲を殆ど学ばなかった僕に、その素晴らしさを教えてくださったのはI先生でした。僕は先生の門下生ではなかったのですが、先生はいつも僕の事を贔屓にしてくださっていました。そんな先生の「ブラームスの歌曲の解釈」(仮題)と言う講座を受講した際、先生は僕に模範試唱(大袈裟!!)として、他の受講生の前で歌う機会を与えてくださいました。しかも、先生たっての希望で同じ曲を繰り返し歌う事もしばしばで、この『秘め事』もその中の1曲だったのです。

おお、春のたそがれよ!
おお、温かいそよ風よ!
花咲く樹々よ、話しておくれ、
なぜおまえたちは寄り添っているのか。
おまえたちはぼくらの楽しい愛について
秘め事を打ち明けあっているのか。
おまえたちはぼくらの楽しい愛について
何をささやきあっているのか。
(訳・志田麓)

4月末、リヨンで室内楽のコンクールがありましたが、第3回目の今年は「声楽とピアノによる歌曲」が課題だったので、僕もオペラ座の本番の合間を縫って、3日間に亘って行われた予選を少し聴きに行きました。 これはあくまで僕個人の考えですけど、コンクールで一番聴き応えがあるのは予選だと思うんです。勿論、選曲の上手い下手は言うまでもなく、色んな演奏レベルの人がいるわけですが、予選の約10分というプログラムを審査員はどういう風に聴くのだろうと、とても興味がありました。特に今回のように歌だけではなく、ピアノとのアンサンブルを重視するとしたら、審査は決して容易ではないと思っていました。
その後、体調を崩してしまいセミ・ファイナル以降を聴きに行く事は出来ませんでしたが、第1位にはソプラノの谷村由美子さんの組が入賞しました。彼女は既にヨーロッパや日本でも演奏活動をされているのでご存知の方も多いかもしれませんが、今回の受賞は同じ日本人としてやはり嬉しいですね。今後の更なる活躍を期待します。
参加総数66組の中には、この『秘め事』をプログラムに選んだ方もいました。殆どのピアニストが楽譜を見ながらの伴奏が多かった中で、この方のピアニストは全曲暗譜で弾いていました。それだけでも驚きだったのですが、プログラムの2曲目にこの曲が始まると、僕は音楽に吸い込まれてしまいました。特に後半部分のメロディーとピアノの右手の下降音型との掛け合いは、ピアノの音色も美しくて涙が出そうになりました。こんな風に聴き入ってしまったのは、もしかすると先生の訃報を知って間もない頃だったからなのかもしれません。先生と過ごした日々を懐かしく思い出す機会が得られた事を感謝せずにはいられません。
体調が良くなったら、またブラームスを歌いたいと思っています。

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